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仙台地方裁判所 平成8年(ワ)180号 判決 2000年4月13日

原告 A野春子

右法定代理人後見人 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 増田祥

同 増田隆男

被告 国 (以下「被告国」という。)

右代表者法務大臣 臼井日出男

右指定代理人 渡辺弘

<他7名>

被告 百瀬清志(以下「被告百瀬」という。)

右訴訟代理人弁護士 伊藤直之

被告 皆瀬敦(以下「被告皆瀬」という。)

右訴訟代理人弁護士 荒中

主文

一  被告国及び被告百瀬は、原告に対し、各自金一億一八五七万九一九八円及び内金一億〇七七九万九一九八円に対する平成六年五月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告国及び被告百瀬との間に生じた部分については、これを四分し、その一を原告の、その余を被告国及び被告百瀬の負担とし、原告と被告皆瀬との間に生じた部分は、全部原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金一億六三二五万六七六七円及び内金一億〇七七九万九一九八円に対する平成六年五月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和四四年八月九日生まれであり、厚生年金病院の看護婦として勤務していたところ、平成六年五月二五日、東北大学医学部附属病院(以下「本件病院」という。)において、聴神経腫瘍に対する経迷路的腫瘍摘出術(以下「本件手術」という。)を受けたが、その後、深昏睡状態となって、今日まで意識が戻らず、平成七年六月二四日確定の禁治産宣告(後見人には原告の実父であるA野太郎が就任した。)を受けた者である。

(二) 被告国は、本件病院を開設し、本件手術当時、被告皆瀬及び被告百瀬(以下併せて「被告医師ら」という。)を雇用し、本件病院において、麻酔科医師として使用していた。

2  原告の入院までの経過

(一) 原告は、平成五年一〇月、勤務先の厚生年金病院において定期検診を受けたところ、聴力検査の際、右耳が聞こえにくい状態であったことから、さらに精密検査を受けた結果、聴神経腫瘍(良性)であると判明した。

そこで、原告は、右病院から右腫瘍の摘出手術を勧められ、本件病院を紹介された。

(二) そして、原告は、平成六年三月三日、本件病院耳鼻科において、外来による診察を受け、同年四月一一日、検査入院を経た上、同年五月一八日、本件病院に入院し、同月二五日に本件手術を受けることになった。

したがって、原告は、被告国との間で、遅くとも右五月一八日までには、本件手術による治療等を内容とする医療契約(以下「本件医療契約」という。)を締結した。

(三) 原告は、前記定期検診において、聴力検査以外に異常は見られず、本件病院での諸検査でも、本件手術上は問題とならない軽度の貧血が認められたほかは、特段の異常は認められなかった。

3  本件手術の経過

(一) 原告は、平成六年五月二五日午前八時五〇分ころ、病室で副交感神経遮断剤硫酸アトロピンと催眠鎮静導入剤ミダゾラム(ドルミカム。なお、以下薬剤名は、原則として診療録に従って示し、初出の場合のみ括弧内において日本医薬品集登載の名称を併記する。)等を注射された後、午前九時一〇分ころ、手術室G(以下「本件手術室」という。)に移動された。

(二) 被告百瀬は、右手術室において、原告に対し、まず、チオペンタール(ラボナール)とサクシンを静注し、経口的気管内挿管による気道確保を行った後、吸入麻酔器を用いて麻酔剤イソフルラン(フォーレン)と笑気の併用による全身麻酔の処置を実施した。

(三) そして、本件病院の耳鼻科医師は、原告に対し、エピネフリン添加〇・五パーセントリドカイン(〇・五パーセントキシロカインE)を皮下浸潤注射し、乳突洞削開術を開始した。

(四)(1) 被告百瀬は、原告に対し、低血圧維持を目的として、プロスタグランジンE1(アルプロスタジル、プロスタンディン五〇〇)二〇〇マイクログラムを唯一の静脈ルートから点滴投与した。

(2) その後、原告が頻脈になったため、被告百瀬は、ベラパミル(ワソラン)二ミリグラムを五ミリリットルに希釈し、うち三ミリグラムを投与した。

(3) ついで、被告百瀬は、原告に生じた体動に対する対処として、マスキュラックス(ベクロニウム)四ミリグラムを点滴を全開にして投与し、また、再び原告の心拍数が上昇して毎分一六〇回となったため、前記(2)の残りのベラパミル二ミリグラムを投与した。

(五) その直後、原告は、急性心血管虚脱となって、極端な徐脈と血圧低下状態(以下「本件循環不全」という。)が発生し、これが五分を超えて限りなく一〇分に近い間持続した。

(六) その後、原告は、心拍数は回復したものの、深昏睡状態で、今日まで意識は戻らず、自発呼吸もない状態が続いており、不可逆的脳障害が残った(以下「本件障害」という。)。

4  責任原因

(一) 被告百瀬の投薬上の過失

被告百瀬は、左記のような投薬上の過失により、五分間を超えて限りなく一〇分に近い間、原告を本件循環不全にさせ、よって、低酸素脳症を発症させて本件障害を負わせたものであるから、不法行為責任を負う。

(1) 血圧降下剤であるプロスタグランジンE1及び吸入麻酔剤であるイソフルランは、ともに血管拡張作用を有し、これらを投与した場合、血管床の増大による相対的循環血量の減少により、末梢血管抵抗を低下させることから、血圧低下及び頻脈を発生させる素因を有する薬剤であった上、右プロスタグランジンE1は、能書において、「輸液以外の他の薬剤と混和使用しない」と明記されていた。

これに対し、カルシウム拮抗剤であるベラパミルは、その本来の適応は頻脈性不整脈であり、洞性頻脈に対する適応がなく、これを本件において使用することは規定外使用であった。また、同剤は、血管拡張、心収縮力抑制の作用を有し、その副作用として房室ブロックや血圧低下を来すおそれがあった。

(2) しかるに、被告百瀬は、イソフルランの使用中、プロスタグランジンE1を投与したところ、原告が頻脈となり、その後に体動も発生して、さらに頻脈が悪化したのであるから、右頻脈がイソフルラン及びプロスタグランジンE1の血管拡張作用、又は、体動による交感神経緊張によるものではないかと予見して、第一次的には、右のような頻脈原因を予め除去する等の処置を取るべきであり、しかも、頻脈に対する対症療法を行うにしても、ベラパミルの薬理作用に照らすと、さらに血管拡張や心収縮力抑制を生じさせ、あるいは、プロスタグランジンE1の併用によるベラパミルの血管拡張作用の増強により、房室ブロックや徐脈を引き起こす危険があったのであるから、ベラパミルを投与することは避けるべきであった。

また、被告百瀬は、ベラパミルを投与するのであれば、プロスタグランジンE1の能書どおり、少なくともプロスタグランジンE1と同一の点滴ルートからの投与を避けて、毎分一ミリリットル以下のスピードで少量ずつゆっくりと投与すべきであった。

しかし、被告百瀬は、本件で、安易にベラパミルの投与を選択し、しかも、その投与方法は、まず最初に、ベラパミル三ミリグラムを、前記プロスタグランジンE1と同一かつ唯一の輸液ルートから急速に投与した後、マスキュラックス四ミリグラムを右ルートから点滴全開で投与したが、頻脈が強くなったことから、さらにベラパミル二ミリグラムを、右ルートから急速に投与するというものであった。

(3) さらに、被告百瀬は、基本輸液とプロスタグランジンE1を同一ルートから投与した場合において、血圧を上昇させるために、プロスタグランジンE1の投与を中止して基本輸液の投与を行っても、点滴ライン中に残っていたプロスタグランジンE1が投与され、逆に血圧が下がる危険があったのであるから、両者を別ルートで投与すべきであったにもかかわらず、本件手術において、両者を同一ルートから投与していた上、本件循環不全の発生直後、プロスタグランジンE1入りの輸液を基本輸液と交換して急速投与し、その結果、点滴ライン中に残っていたプロスタグランジンE1をも急速に投与した。

(二) 被告皆瀬の投薬上の過失

被告皆瀬は、原告の本件手術の麻酔担当医として、また、被告百瀬の上司として、具体的医療行為につき管理、監督する義務があるにもかかわらず、これを怠り、原告に対する麻酔管理上の投薬方法等につき、被告百瀬と十分協議、検討することなく一任し、しかも、本件手術当時、手術現場に不在であったことから、被告百瀬による右投薬上の過失を見過ごしたものであり、不法行為責任を負う。

(三) 被告医師らの心肺蘇生術の遅延による過失

被告医師らは、本件手術において低血圧麻酔を実施し、しかもプロスタグランジンE1とベラパミルを併用するにあたっては、著しい血圧低下を避けるため、麻酔剤の能書どおりに頻回(二分毎)に血圧測定の結果を確認するなどして「絶え間ない監視」を行うべき義務があったにもかかわらず、実際には被告百瀬のみが立ち会って、アラームを設置しないまま観血的血圧測定を行い、漫然とマンシェントによる五分毎の測定を継続するに止め、その間モニターによる血圧波形等のチェックを行わなかったため、原告に発生した本件循環不全の発見が遅れることとなった。しかも、被告百瀬は、右循環不全の発生に気づいた際、即座に、気道の確保、人工呼吸、心臓マッサージ等の一次救命措置や、エチレフリン(エホチール)、ボスミン(エピネフリン)投与による昇圧、ベラパミルによる影響を除去するための塩化カルシウム投与を実施しなかったことから、結局、五分を超えて限りなく一〇分に近い間、本件循環不全を継続させて、低酸素脳症を発症させ、その結果、本件障害を惹起せしめたのであり、不法行為責任を負う。

(四) 被告国の責任

被告国は、本件病院において、被告医師らを雇用していたところ、本件病院での本件手術の際、被告医師らが、右(一)ないし(三)のような過失による医療事故(以下「本件医療事故」という。)を起こしたのであるから、本件医療契約に基づく債務不履行責任もしくは使用者責任を負う。

5  損害 一億六三二五万六七七六七円

(一) 治療費 五〇万三六一〇円

原告は、平成六年五月一八日から同年七月三一日までの治療費として、五〇万三六一〇円を支払った。

(二) 逸失利益 七七二九万五五八八円

原告は、本件手術当時、二四歳の看護婦であり、年収四四三万六四一一円を得ていたところ、本件医療事故後の就労可能年数は四二年であるから、本件の逸失利益は、ライプニッツ計算方式による中間利息を控除した七七二九万五五八八円とするのが相当である。

四四三万六四一一円×一七・四二三=七七二九万五五八八円

(三) 将来の介護料 四〇六五万七五六九円

原告は、現在三〇歳であり、平均余命は五四年であるところ、近親者の付添人として一日六〇〇〇円とし、また、算定の始期は、平成一一年一〇月として(原告は、本件病院から、平成六年八月二五日から平成一一年九月末日分までの本件病院が宮城県及び仙台市より交付された遷延性意識障害者治療研究事業(以下「本件研究事業」という。)推進費総額一一六四万三七五〇円(以下「本件交付金」という。)を介護費用名目で受領していたことから、平成一一年九月以前の介護料は請求しない。)、ライプニッツ計算方式による中間利息を控除した将来の介護料は四〇六五万七五六九円とするのが相当である。

六〇〇〇円×三六五日×一八・五六五一=四〇六五万七五六九円

(四) 慰謝料 三〇〇〇万〇〇〇〇円

(五) 弁護士費用 一四八〇万〇〇〇〇円

原告は、本件訴訟の提起に際して、訴訟手続を弁護士に依頼し、弁護士費用として提訴額の一〇パーセントを支払うと約束したことから、弁護士費用は、右(一)ないし(四)の総額一億四八四五万六七六七円の約一〇パーセントである一四八〇万円が相当である。

6  よって、原告は、被告医師らに対しては、不法行為による損害賠償請求額に基づき、被告国に対しては、本件医療契約の債務不履行もしくは不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自金一億六三二五万六七六七円及びこのうち将来の介護料及び弁護士費用を除いた金一億〇七七九万九一九八円に対する本件医療事故の発生の日である平成六年五月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)及び2(原告の入院までの経過)は認める。

2  同3(本件手術の経過)について

(一) (一)のうち、原告が午前九時一〇分ころ、手術室に移動されたことは否認し、その余は認める。

(二) (二)ないし(四)はいずれも認める。

(三) (五)は否認する。

(四) (六)は認める。

3  同4(責任原因)について

(一) (一)(被告百瀬の投薬上の過失)は否認ないし争う。

被告百瀬が、頻脈治療のためにベラパミルを使用したこと、その使用量及び投与方法にはいずれも医師の裁量の範囲内であって、全く問題がなく、また、ベラパミルを投与してから本件循環不全が発生するまでに約一〇分が経過していることに照らすと、被告百瀬がベラパミルを投与したことは、本件循環不全及び本件障害の原因になり得ない。

また、本件循環不全も、本件手術当日の午前一〇時五九分から同一一時三分までの四分間継続したに過ぎず、その間心停止にも至っていないから、これと本件障害との因果関係は存在しない。

そして、基本輸液とプロスタグランジンE1を同一ルートで投与したとの点についても、点滴ルート内の残余量に照らして、これと本件循環不全及び本件障害との間の因果関係は存在しない。

(二) (二)(被告皆瀬の投薬上の過失)は否認ないし争う。

本件病院では、個々の手術の麻酔管理を行う担当麻酔科医とは別に、当日の手術・麻酔に関する全体的な運営の管理や当該担当麻酔科医の求めにより適宜助言等を行う「スーパーバイザー」と称する麻酔科医一名を配置している。

そして、被告皆瀬は、本件手術当日、別の手術の担当麻酔科医を務めていたため、本件手術には、担当麻酔科医ではなく、本件手術当日のスーパーバイザーとして関与したに過ぎないのであるから、本件手術の担当麻酔医であった被告百瀬に対して、法律上の監督義務を有する立場にはない。また、本件手術に関与したのは、本件循環不全の発生後、被告百瀬の要請により、本件循環不全に対する処置を実施してからであるから、それ以前の麻酔管理には、何ら法的責任を負わない。

(三) (三)(被告医師らの心肺蘇生術の遅れによる過失)は否認ないし争う。

被告百瀬は、本件手術当初から、観血的動脈圧測定法により、血圧を連続的に監視しており、また、被告医師らは、本件循環不全を発見後、直ちに第一次的救命措置等を行ったのであるから、被告医師らに過失はない。

(四) (四)(被告国の責任)は争う。

4  同5(損害)は否認する。

(一) 逸失利益について

原告は、今後も本件病院に入院し、必要な治療及び介護を受けることが予定されているところ、これに対する金銭的負担は一切存在しないから、逸失利益から、生活費控除として、その五〇パーセントを控除するのが相当である。

(二) 将来の介護料について

原告は、本件病院において、完全介護の体制の下で入院しているのであるから、専門職による介護は不要である上、家族による介護もその必要性が認められないので、将来の介護料相当の損害は発生していない。

仮に右のような損害が発生するとしても、今後も本件病院から介護料名目の本件交付金を受領する予定であるから、現時点での将来の介護料の請求は認められない。

(三) 損益相殺について

本件病院が原告に交付した平成六年八月二五日から平成一一年九月末日分までの本件交付金(総額一一六四万三七五〇円)は、本件請求との関係で損益相殺されるべきである。

第三本件の争点

本件の争点は、①本件障害の発生原因、②被告らの責任原因の有無、③損害額である。

第四当裁判所の判断

一  争いのない事実

請求原因事実中、原告は、昭和四四年八月九日生まれであり、本件手術当時、厚生年金病院に勤務する看護婦であったこと(同1)、被告国は、本件病院を開設し、本件手術当時、被告医師らを雇用し、本件病院において、麻酔科医師として使用していたこと(同1)、原告は、聴神経腫瘍(良性)の摘出を目的とする本件手術を受けるため、平成六年五月一八日、本件病院に入院し、被告国との間で、右治療を内容とする本件医療契約を締結したこと(同2(二))、原告は、本件手術前において、右病名以外には、勤務先で受診した定期検診の際にも、本件病院で実施した諸検査の際にも、特段の異常が認められなかったこと(同2(三))、原告は、同月二五日、被告百瀬による全身麻酔の管理下において、本件手術を受けたところ、深昏睡状態となり、今日まで意識が戻らず、自発呼吸もない状態が続き、本件障害が残ったこと(同3)、被告百瀬は、本件手術の際、全身麻酔の実施及び管理のため、原告主張のとおり、原告に対する投薬を行ったこと(同3及び同4)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件手術の経過

各争点に対する判断の前提として、本件手術の経過を検討するに、争いのない事実及び《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる(以下被告百瀬の供述には右丁五及び六を、被告百瀬の供述には右丙一及び二を、それぞれ含む。)。

1  原告は、平成五年一〇月ころ、勤務先である厚生年金病院の定期検診の際、右耳が聞こえにくい状態だったことから、精密検査を受けた結果、聴神経腫瘍(良性)であることが判明した。

そこで、原告は、右腫瘍の摘出手術を受けることを勧められたため、平成六年三月三日、本件病院耳鼻科で外来診察を受け、同年四月一一日の検査入院を経て、同年五月一八日、同月二五日に本件手術を受けるため、本件病院に入院した。

なお、原告には、厚生年金病院での定期検診では、右耳の難聴を除けば、異常は見られず、また、本件病院での諸検査でも、特に異常は認められなかった。

2  被告百瀬は、同月二四日、スケジュール表及び本件病院耳鼻科で作成された麻酔・手術申込用紙により、翌日実施される本件手術の麻酔管理を担当することを知ったことから、原告の術前訪問を行い、原告に対して、問診や本件手術での全身麻酔の要領の説明等を行った。

また、被告百瀬は、ナースステーションで、原告のカルテと心電図を閲覧した上、看護婦に対し、二二時以降は絶飲食とし、不眠時にはリスミーを投与すること、本件手術当日は、八時五〇分に、麻薬前投薬として、アトロピン〇・五ミリグラム及びドルミカム三ミリグラムの混筋注を行い、九時一〇分に手術室に入室すること、また、後記3のように低血圧麻酔を実施することにしたので、本件手術で使用する予定のプロスタグランジンE1とシリンジポンプを準備しておくことをそれぞれ指示した。

これに対して、被告皆瀬も、スケジュール表及び本件病院耳鼻科で作成された麻酔・手術申込用紙により、本件手術当日行われる全手術の麻酔につき、全般的な運営を行うスーパーバイザーを担当するとともに、本件手術と同時刻ころに、本件手術とは別の手術の麻酔を担当することになったことを知った。

3  被告百瀬は、原告のカルテを閲覧した際、本件手術の術者である橋本省医師(以下「橋本医師」という。)とたまたま会ったところ、同医師から、今回のケースは通常の場合よりも腫瘍自体が大きく、脳幹部に近いことから、手術時間が通常よりも長くなる可能性があり、出血も多くなる可能性があると告げられた。

そこで、被告百瀬は、原告には軽度の貧血傾向があったことから、通常の麻酔の場合に比べ、手術中に血圧が低下した場合にはリスクを伴うことになり、そのため、血圧調整により気を使うことになるため、麻酔管理は難しくなるが、輸血を極力避けて手術時間を短縮することができる等の利点のある低血圧麻酔を施行することにした。

ところが、被告百瀬は、本件手術当日になって、看護婦からシリンジポンプを確保できなかったと報告されたことから、本件手術での麻酔剤として、過度の低血圧を来たしにくいとされているプロスタグランジンE1を使うことを決めた。

なお、被告百瀬は、それまで、原告のような経迷路的腫瘍摘出手術に際して、低血圧麻酔を実施した例は三、四件あるが、本件のように低血圧麻酔を実施したのは初めてであり、また、被告皆瀬も、右原告のような症例について、低血圧麻酔を行ったことはなかった。

4  原告は、同月二五日午前八時五〇分ころ(以下、平成六年五月二五日についてはその時間のみ示す。)、病室で麻酔前投薬をされた後、本件手術室へ運ばれ、九時一〇分ころには、本件手術室手前のベットプールに到着し、遅くとも同一五分ころには本件手術室に入室した(この点につき、被告百瀬は、原告は、前記同被告の看護婦に対する指示より一〇分遅れ、九時二〇分ころ本件手術室に入室した旨供述する。しかし、麻酔記録には、九時一五分に後記経皮的酸素飽和度の測定が行われた旨の記載があり、看護記録には、九時一〇分「ザール・イン」の記載がなされている。さらに、被告皆瀬らが、本件手術後に原告の両親らに説明した際には、右入室時間は九時一五分とされ、また、本訴に先立つ調停においては、被告らは、これを九時一〇分ころとしていたものであり、これら証拠に照らせば、右被告百瀬の供述は、客観的な証拠の裏付けを欠く、単なる記憶に基づく推測に過ぎないというほかなく、信用することができない。)。

右原告の入室後、被告百瀬は、原告の左手第二指にパルスオキシメーターを装着して、右九時一五分に経皮的酸素飽和度の測定を始め、また、心電図及び心電計のプローベを装着して、心電図等の測定を開始した。

その上で、被告百瀬は、原告の右腕にマンシェントを巻き、五分毎(ただし、観血的動脈圧測定開始前は二分半毎)の自動血圧計による測定を開始した。

5  被告百瀬は、同二〇分ころ、輸液を投与するために静脈を確保した上、循環血液量の不足を補充する目的で、ラクテック五〇〇ミリリットルを速度全開での投与を開始した。

さらに、被告百瀬は、同二五分前ころから、毎分六リットルの酸素の投与を開始するとともに、麻酔導入のため、ラボナール三〇〇ミリグラムとサクシン四〇ミリグラムを静注し、イソフルランの濃度を三パーセントにした上で、気道確保のための気管内挿管を行った。

その後、被告百瀬は、導尿を行い、パルスオキシメーターのプローベを左指から左趾に移し、右足側背動脈から観血的動脈圧測定用のラインを留置して測定を開始するとともに、これ以上麻酔が深くならないようにイソフルランの濃度を一パーセントに下げた。

6  一方、被告皆瀬は、同日のスーパーバイザーを担当し、九時三〇分から行われる予定であった他の手術室での手術の担当麻酔科医の指導を行うとともに、同五〇分ころ、各手術室の状況を確認するため、本件手術室を訪れた。その際、被告百瀬から、脱水により末梢循環があまり良好ではないので、輸液を比較的速い速度で行っているとの報告を受けたので、被告百瀬に、輸液の速度が速すぎると指摘した。

その後、耳鼻科の小林俊光医師(以下「小林医師」という。)が、同五五分からエピネフリン添加のリドカイン一二ミリリットルを何回かに分けて術野に皮下注入したところ、原告の最大血圧が一三〇に上昇したことから、被告百瀬は、イソフルランの濃度を三パーセントに上げて幾分麻酔を深くした。

すると、一〇時ころには、血圧が低下したことから、イソフルランの濃度を一パーセントに戻すとともに、プロスタグランジンE1二〇〇マイクログラムを希釈した二本目のラクテックの投与を開始した。

そして、橋本医師、小林医師及び後藤了医師は、そのころ、本件手術を開始した。

7  被告百瀬は、本件手術が開始されて一〇分が経過しても、なかなか低血圧麻酔が達成できなかったので、イソフルランの濃度を一・五パーセントに上げたが、このころから、パルスオキシメーターが正常な数値を示すものの、拍動の検出が継続的に行うことができなくなったので、プローベの装着趾の部位を時々変えるようにした。

その後、被告百瀬は、一〇時三〇分ころになっても低血圧麻酔を達成できないことから、原告が高二酸化炭素血症のために血圧が下がらず、その結果、頻脈になっているのではないかと疑い、観血的動脈圧測定のラインから動脈血を採血して、血液ガスの分析を行ったところ、基本的に正常値であり、むしろやや過換気気味であった。

8  被告皆瀬は、同三五分ころ、本件手術室を再び訪れたが、相変わらず輸液が速い速度で投与されていたことから、被告百瀬に注意したところ、被告百瀬から、循環血液量の不足により原告の頻脈が治まらず、また尿流出が認められないので、輸液速度を高めているが、血液ガスには問題がなく、ただ、パルスオキシメーターがときどき波形を表示しないことがある旨報告をされた。

そして、同四一分ころ、原告の心拍数が毎分一四〇回を超える状態になり、心電計のアラームが鳴ったことから、被告百瀬は、右アラームを切って、アラームの設定を毎分一四〇回から毎分一六〇回に直した後、一時的に心拍を下げるため、ベラパミル五ミリグラムをラクテック五ミリリットルで希釈し、そのうちベラパミル三ミリグラム分を三方活栓から毎時六〇ミリリットルの速度で投与した。

すると、同四三、四分ころ、原告に深呼吸様の強い自発呼吸(以下「本件体動」という。)が出現し、また、パルスオキシメーターの表示が全くなくなり、経皮的酸素飽和度が測定不能となった。そして、右体動の発生により、小林医師から「このままで手術を続けることは難しい。」と言われたことから、被告百瀬は、原告に対して、マスキュラックス四ミリグラムを投与するとともに、人工呼吸器を止めて、用手的換気を始めた。そして、プロスタグランジンE1入りのラクテック五ミリリットルを注射器を用いて急速注入し、イソフルランの濃度を二パーセントに上げた。

すると、本件体動が三分ほどで収まったので、被告百瀬は、再び人工呼吸器による呼吸管理に戻した。

9  しかしながら、原告の心拍数はさらに上昇し、一〇時四六、七分ころには、毎分一六〇回台になり、再び心電計のアラームが鳴ったことから、被告百瀬は、右アラームを切った上で、残ったベラパミル二ミリグラムを三方活栓から投与したところ、同五〇分ころには、心拍数が毎分八〇回台に下がったので、イソフルランの濃度を一・五パーセントに戻した。

10  ところが、一〇時五〇分から五五分までの間に、自動血圧計の数値と観血的動脈圧の数値との間には食い違いが生じたほか、観血的動脈圧の血圧波形が不規則となり、心不全の前兆的な状況である交互脈を呈する状態になった。

11  その後、被告百瀬は、一一時のパルスオキシメーターのデータを記載するため、圧巾をめくって左足のプローベの状況を確認したところ、原告の両足が白く冷たくなっていることに気が付いた(なお、被告百瀬は、右時刻が同五八分ころであった旨供述するが、右供述も、客観的な証拠に基づかない同被告の記憶によるものであり、むしろ、右同五五分までに表われていた原告の危険な徴候に照らすと、右時刻が、右同五五分により近いものであった可能性も否定することができない。)。

これを見て、被告百瀬は、原告の抹消に循環不全を来しているものと判断したが、このような状態は、同被告にとっては、通常の麻酔の過程では考えにくい事態であったことから、同五九分ころ、被告皆瀬に相談するため、同被告をインターホンで呼び出したところ、そのころには、心電図及び血圧波形が、完全に徐脈及び低血圧を示す状態になっていた。

そのため、被告百瀬は、これに対する処置として、プロスタグランジンE1入りのラクテックを単味のラクテックに交換して全開での点滴注入を開始し、また、エホチール一〇ミリグラムを生理的食塩水で五ミリリットルに希釈し、そのうち二ミリグラムを投与して一分ほど経過観察をしたが、効果がないので、さらに右エホチール二ミリグラムを追加投与した。また、笑気とイソフルランを中止し、純酸素毎分一〇リットルを吸入させて、吸入麻酔の洗い出しを始めた。

12  これに対して、被告皆瀬は、各手術室の巡回を終えて麻酔科医室に戻ってくると、被告百瀬からインターホンでの呼び出しがあったことを受付から知らされたので、すぐに本件手術室へ向かった。

そして、被告皆瀬は、一一時ころ、本件手術室へ到着したところ、ちょうど自動血圧計の測定が始まったが、全く測定できず、心電図の波形や観血的動脈圧計も三七/二七(平均動脈圧二九)を示していたことから、原告に房室ブロックと血圧低下が発生していることを確認した。

また、被告皆瀬は、被告百瀬から、血圧低下前に頻脈治療のためにベラパミルを使用した後、原告に急激な血圧低下と徐脈が発生したこと、これに対し、エホチールを投与したが、その効果はまだ現れていないとの報告を受けた上で、被告百瀬と代わって麻酔管理を行うことになった。なお、被告百瀬は、右報告の直後、エホチール二ミリグラムを再追加投与した。

そこで、被告皆瀬は、エピネフリン一ミリリットルをラクテック九ミリリットルで希釈し、うち一ミリリットルを投与するとともに、ラクテック一〇〇ミリリットルを急速注入し、小林医師に本件手術を一時中断するよう伝えた。

その上で、被告皆瀬は、ベラパミルの副作用による循環不全の可能性を考え、二パーセント塩化カルシウム液二〇ミリリットルを注入し、さらにラクテックを約一〇〇ミリリットル急速注入し、小林医師らに心マッサージを依頼した。

右の各措置にもかかわらず、原告の血圧がすぐに回復しないことから、被告皆瀬は、他の麻酔科医師の応援を求めるため、看護婦に本件手術室の非常ブザーを押させたところ、他の麻酔科医が駆けつけたが、遅くとも一一時五分までには、原告の血圧が一五四/七四、心拍数が毎分一五〇回までにそれぞれ回復した。

13  右11及び12の経過に照らせば、原告には、一〇時五五分以降五八分ころから一一時五分までの七分間以上に亘り、急性心血管虚脱による本件循環不全(平均動脈圧二七から二九)が発生、継続したことが認められる(これに対して、被告らは、本件循環不全が一〇時五八分から一一時三分までの四分間に亘って発生、継続したに過ぎない旨主張し、被告医師らもそれに沿う供述をする。しかし、本件においては、本件循環不全の発生及び終了時間を明らかにするに足りる心電図及び血圧波形記録等の客観的証拠が何ら残されていないため、右状態が一〇時五八分以前に発生していないとすることができないことは前示のとおりであるし、また、これが一一時五分ころまで継続したことを完全に否定することもできない。かえって、本件手術当時に作成された麻酔記録、心電図及び血圧波形記録等の客観的証拠には、右認定に沿う記載が多数存在しており、《証拠省略》によれば、本件訴訟の提起前、特に本件手術直後の説明の際には、被告皆瀬らが、原告の両親らに対し、原告の本件循環不全が五分以上一〇分以内で発生、もしくは一〇分間程度であったことを自認していたことが認められ、これらの証拠に照らせば、右被告らの主張はいずれも採用することができず、他に、右認定を左右するに足りる証拠はない。)。

14  その後、橋本医師及び被告医師らは、本件手術を続けるか否か協議したが、血液ガスの分析結果として、強いアシドーシスが認められたことから、これを一旦中止とし、後日改めて実施することに決定し、一一時三二分に終了した。

15  原告は、本件手術終了後、深昏睡状態で、自発呼吸は認められたことから、頭部冷却等の脳保護療法とともに高圧酸素療法を実施したが、その後のCT検査で軽度の脳浮腫が認められた。

そして、その後も高圧酸素療法を実施したが、意識が戻ることはなく、平成六年五月二九日には、脳浮腫が悪化したため、高圧酸素療法も中止し、自発呼吸も消失した。

右以後、原告は、脳浮腫の治療、脳代謝促進剤の投与、鍼治療等を受けたが、意識レベルは、深昏睡のままであって、人工呼吸、経管栄養、全面保護を必要とするなど、本件障害を負い、現在まで本件病院での治療を継続している。

16  その後、原告は、本件病院神経精神科医師金野倫子(以下「金野医師」という。)により、重篤な失外套症状群に該当し、より脳死に近い状態の「重度の植物状態であり、意識活動それ自体は喪失した状態にある。この状態からの回復はほとんど望めないか、仮に回復したとしても正常な認識、判断はない得ない。」旨の精神鑑定をされ、平成七年六月二四日確定の禁治産宣告を受けた。

三  争点①(本件障害の発生原因)について

1(一)  そこで、右争点について検討するに、前示二の認定事実及び《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、本件手術前において、本件障害を招くような脳疾患又は心疾患等の既往症を有しておらず、また、本件障害を発生する原因となる事情は、本件循環不全を除けば、本件全証拠によっても認められない。

(2) 被告百瀬は、原告に対し、イソフルランとプロスタグランジンE1とを併用していたところ、一〇時四六、七分ころ、さらにベラパミルを投与したため、同五〇分には心拍数及び血圧が低下したが、その後同五五分までの間に、観血的動脈圧の血圧波形が不規則となって、交互脈を呈する状態になったほか、遅くとも同五八分までには両足が冷たくなっていたので、原告には、末梢循環不全も認められた。

(3) ところで、右ベラパミルは、主たる抗不整脈作用が房室伝導抑制にあることから、頻脈性不整脈には適応があるが、洞性頻脈の原因を治療する薬剤ではないとされており(したがって、洞性頻脈に対する使用は、本邦では規定外使用とされている。なお、右規定外使用が直ちに違法であるというものではない。)、薬効の調整も難しく、副作用として、房室ブロックや低血圧等の心血管虚脱が突如発生したという報告が多くなされていた上、右のような副作用をきたす危険性があることが広く知られている薬剤であった。また、ベラパミルの投与方法については、その能書で、「通常、成人には一回一管(塩酸ベラパミルとして五ミリグラム)を、必要に応じて生理食塩水又はブドウ糖注射液で希釈し、五分以上かけて徐々に静脈内に注射する。なお、年齢、症状により適宜増減する。」とされ、さらに、心電図を連続的に監視し、頻回の血圧測定を行うこととされている。

さらに、ベラパミルの相互作用に関しては、特にイソフルランと併用する場合には、イソフルランの心筋収縮、刺激伝導に抑制的に働き、末梢血管抵抗を減弱する作用を強めることがあり、また、プロスタグランジンE1と併用する場合には、ベラパミルの能書で、「本剤は血管拡張作用を有し、血圧降下剤との併用により血圧の低下が増強することがある」との注意が促されており、プロスタグランジンE1が血圧下降剤であることから、本件での併用は、正しく右のような危険があった。

また、尾崎孝平医師(以下「尾崎医師」という。)によれば、血管抵抗が低下している低血圧麻酔中にベラパミルを使用した場合、心拍出量が低下して、極端な低血圧をきたし、回復が困難になることがあり、これは予想される危険であって、低血圧麻酔中でのベラパミルの使用は、その危険性を有用性が勝っているとの判断がなければ、使用すべき薬剤ではないとされている。

(4) そして、尾崎医師は、本件障害の原因につき、以下のような判断をしている。

すなわち、本件循環不全直後の血液ガス分析により強いアシドーシスが認められているが、これは非常に大きな代謝障害が発生したことを示している。そして、これは本件循環不全を原因とするものである可能性が非常に高く、しかも、原告は、被告皆瀬がカルシウムを投与した直後に本件循環不全から回復しているので、原告に投与されたベラパミルの薬理作用として、心収縮力の低下、血管拡張による血管抵抗の異常低下が生じ、これにより本件循環不全が生じたと考えられる。

また、右循環不全の継続中に測定された観血的動脈圧の平均血圧二七から二九前後では、そもそも低すぎて脳灌流を維持できず、本件では原告に陽圧人工呼吸を行っているので、胸腔内圧が上がることから、右動脈圧よりも脳灌流圧は、さらに低下していた可能性がある。

そして、本件では、本件手術の経過に照らして、右のようなベラパミルの薬理作用以外に、本件循環不全との明らかな因果関係を示すことができるものはなく、また、原告に現に低酸素脳症という中枢神経障害が発生していることに照らすと、右低酸素脳症の原因は、本件循環不全以外には考えられない。

(5) 金野医師は、本件手術後、原告の精神鑑定をするに当たり、原告の主治医である被告皆瀬からの回答等を得た上で、原告は、本件手術中に生じた本件循環不全により低酸素脳症をきたし、深昏睡に陥ったまま現在に至っているところ、本件手術終了直後の頭部X線断層撮影において認められた脳浮腫の出現と瀰漫性の白質領域の損傷、その後の萎縮性変化という経過は、本件循環不全による脳虚血により生じた不可逆性の脳組織損傷の経過として妥当と思われる旨判断している。

(二) 以上の認定事実に照らすと、原告は、被告百瀬が、本件体動が治まった直後である一〇時四六、七分ころ、イソフルラン及びプロスタグランジンE1の併用中にベラパミルを投与したことから、遅くとも一〇時五八分過ぎには急性心血管虚脱となり、以後約七分間以上に亘り、本件循環不全を発生、継続させられ、その間、脳灌流が正常に維持されなかったことから、低酸素脳症となり、本件障害を負ったと認められる。

2  これに対して、被告らは、ベラパミルの使用量及び投与方法並びにベラパミルを投与してから本件循環不全が発生するまでの時間的経過に照らして、本件循環不全の原因がベラパミルの投与にあると断定することはできず、また、本件循環不全自体は、そもそも四分間しか継続しておらず、その間、脳への血流も存在していたと考えられるから、本件循環不全のみが原因となって本件障害を来すとは考えられないので、本件障害の原因は不明であると主張し、被告医師らもこれに沿った供述をしている。

しかし、被告らが、ベラパミルの使用量及び投与方法に照らして、ベラパミルが本件循環不全の原因とは断言できないと主張するのは、あくまでベラパミルを単体で使用した場合を前提とする推論の一つに過ぎないところ、本件では、被告百瀬が、前示1(一)(3)のように、ベラパミルと併用することにより徐脈や著しい血圧低下を招くおそれのあるイソフルランやプロスタグランジンE1をそれぞれ使用している状況下で、ベラパミルを投与したことに照らすと、右のような推論は本件では当てはまらないと言わざるを得ず、かえって、《証拠省略》によれば、ベラパミル一〇ミリグラム以下の少量投与でも心血管虚脱を来した事例も現に存在することが認められる。

そして、右のような投薬状況に加え、一回目のベラパミルの投与後に本件体動が発生し、これに対する措置としてマスキュラックスが投与されたこと、本件体動が治まった直後に二回目のベラパミルの投与が行われており、しかも、二回目のベラパミルの投与から本件循環不全が発生するまでの時間も一〇分以内であることに照らせば、ベラパミルを投与してから本件循環不全が発生するまでの時間的経過も不自然ではない。

また、本件循環不全の継続時間が四分間であったとは、前示のとおり認められない上、右循環不全の継続中に脳への血流が十分存在したことについても、これを認めるに足りる客観的証拠はなく、他に、前示1(一)(4)の判断を左右するに足りる証拠もない。

そして、前示一(一)(1)のとおり、ベラパミルの投与以外の本件循環不全の原因や本件循環不全以外の本件障害の原因は、本件全証拠によっても、これを窺うことはできない。

したがって、以上の諸点に照らすと、被告医師らの右各供述及び被告らの右主張は採用することができず、他に、前示1の認定を左右するに足りる証拠はない。

四  争点②(被告らの責任原因の有無)について

1  被告百瀬の責任原因

(一) 前示二の認定事実及び《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告百瀬は、本件手術において、出血をできるだけ抑えて、輸血を極力回避し、手術時間を短縮するため、低血圧麻酔を実施することを選択したが、同被告は、それまで、原告のような経迷路的腫瘍摘出手術に際して低血圧麻酔を実施したことはなく、また、低血圧麻酔は、薬剤により人為的に血圧を下げておくため、手術中に血圧が低下する事態が発生した場合には、通常の麻酔の場合と比べて危険が多いことを認識しており、しかも、本件手術の際には、血圧調節のための正確な投薬を行うために必要であったシリンジポンプの用意ができず、目分量での投薬を行わざるを得なかったのであるから、本件手術の麻酔管理を行うにあたっては、基本輸液とプロスタグランジンE1との投与ルートを別々に確保したりする等血圧調節には細心の注意を払い、また、観血的血圧計のアラームを設定する等万全の監視体制を整えるべき高度の注意義務を負っていた。

(2) また、医師は、臨床行為において、正常を逸した病態の原因となるものを消去法により絞って、治療・管理を行い、原因が除去できない場合又は不明な場合、もしくは、原因検索を行うことによって時間を失する不利益と、とりあえず対処療法的な対応をすることの利益を比較して後者が優れる場合に限り、対処療法的な行為を選択するべきである。

しかるに、被告百瀬は、一〇時四〇分ころから、原告に洞性頻脈が発生し、これが徐々に悪化していった原因が、それ以前に原告に投与されたイソフルランやプロスタグランジンE1により、血管床が増大し、循環血液量が減少したこと、さらには本件体動の出現により交感神経の緊張が引き起こされたことにあると容易に想定することができたのであるから、原告の右洞性頻脈が、右のような原因に対する生体の代償反応であった場合、頻脈を抑制することが危険につながる可能性があり、過剰に抑制された場合は、房室ブロック、房室結節リズム、徐脈が発生することを当然想定すべきであった。

また、被告百瀬は、ベラパミルによる頻脈治療を行うに先立ち、低血圧麻酔を一時的に中止したり、イソフルランによる吸入ガス麻酔を他の麻酔法(NLA)に切り替えたりすることのほか、イソフルランの頻脈に対する原因治療として有効であるフェンタニルを投与したり、頻脈の原因となった疼痛反応をより選択的に抑えるであろう麻酔や鎮痛作用を有する薬剤の追加を選択し、もしくは、本件体動による交感神経の緊張が落ち着くまで一〇分から一五分経過を見る等の考慮もしくは対応をとることが十分可能であった上、本件手術のスーパーバイザーである被告皆瀬又は他の麻酔科医に対し、いかなる措置をとるべきか意見を聞くこともできたにもかかわらず、本件体動が収まった直後に、右のような措置等を検討、実施したり、被告皆瀬らに相談することもなく、安易に頻脈治療のための対処療法としてのベラパミルの投与を行った。

(3) さらに、被告百瀬は、原告の洞性頻脈に対し、薬剤投与等の対処療法をとるにしても、ベラパミルの薬理作用と副作用並びにこれとプロスタグランジンE1及びイソフルランの併用による危険は、前示三1(一)(3)のとおりであったところ、本件では、低血圧麻酔中は血管抵抗が低下した状態であり、この時期に心拍出量が低下する状態(収縮不全、徐脈など)になれば、極端な低血圧を来たし、回復困難になることが予想でき、極めて危険であったのであるから、ベラパミル使用の危険性を有用性が勝っていると判断されない限り、本件でのベラパミルの使用はより慎重であるべきであり、本件での洞性頻脈に対する対処療法を行うにしても、ベラパミル以外の薬剤として、βブロッカーや同じカルシウム拮抗剤であるジルチアゼムやニカルジピンを使用することも可能であった。

(4) しかも、被告百瀬は、本件体動が治まった直後である一〇時四六、七分ころ、基本輸液やプロスタグランジンE1と同一のラインを使用して、ベラパミル二ミリグラムを希釈したラクテック二ミリリットルを投与した上(なお、本件全証拠によっても、その投薬速度は明らかでない。)、さらに、その後同五〇分から五五分までの間に、原告の血圧波形が交互脈を呈するようになったのであるから、心臓の機能が心不全により低下していることが明らかであったにもかかわらず、本件循環不全の発生後、プロスタグランジンE1が入ったラクテックと単味のラクテックを交換して、右点滴ライン内にプロスタグランジンE1やベラパミルがわずかながら残っていたのに、これらを含めて原告に急速注入した。

(5) なお、尾崎医師は、ベラパミルは、確かに洞房結節に関しても作用するので、洞性頻脈を抑える効果は当然有しているが、洞性頻脈に対して使用した場合、房室結節でのブロックが発生する危険があることから、日本医薬品集の適応として記載されている「上室性頻脈」の中には、洞性頻脈は含まれておらず、また、ICUや救急領域の心不全患者、心筋梗塞患者を扱う医師であれば、これを不用意に使った場合の危険性を十分承知している薬剤の一つであるとしている。

(二) 右(一)の認定事実に加え、前示三の認定事実を総合考慮すれば、被告百瀬は、そもそも低血圧麻酔の実施に関して、血圧調整に細心の注意を払うべき高度の注意義務を負っていたところ、原告の洞性頻脈に対する措置を行うにあたり、右洞性頻脈の原因が、イソフルランやプロスタグランジンE1の副作用や本件体動による交感神経緊張ではないかと想定して、対処療法としてのベラパミル投与以外の処置が十分可能であり、しかも、右頻脈への対処療法を実施するにしても、本件体動が治まった直後である一〇時四六、七分ころにベラパミルを投与すれば、イソフルランやプロスタグランジンE1との相互作用やその後の本件体動による交感神経興奮の緩和により、副作用である房室ブロックや著しい血圧低下等を誘発する危険があることを当然予見することができたにもかかわらず、安易に洞性頻脈に対する対処療法であるベラパミルの投与を選択して、これを基本輸液やプロスタグランジンE1と同一経路から注入したと認められる。

さらに、被告百瀬は、本件循環不全の発生後、唯一の点滴ライン内にプロスタグランジンE1やベラパミルが残っていた可能性があるにもかかわらず、プロスタグランジンE1入りのラクテックを単味のラクテックと交換して全開投与したことも認められる。

したがって、被告百瀬は、右のような投薬上の過失により、前示三1のとおり、遅くとも同五八分過ぎころ、原告を急性心血管虚血として、以後七分間以上に亘り、本件循環不全を発生、継続させ、よって、本件障害を負わせたものと認められる。

(三) これに対して、被告らは、ベラパミルが、洞性頻脈に対する選択薬剤の一つであり、これを投与することは医師の正当な裁量の範囲内であるから、被告百瀬に過失はないと主張し、被告医師らも、これに沿った供述をする。

しかし、《証拠省略》によれば、麻酔科医の麻酔管理に関する裁量は、術前に不測の現象に対する対処につき、インフォームドコンセントを実施して患者の同意を得るのが困難なために与えられたものに過ぎず、麻酔科医が不測の現象に対して講じた措置につき、他にも選択すべき手段があり、また、考慮すべき可能性があることから、最善の措置といえない場合には、正当な裁量の範囲内ということはできないと解するのが相当であるところ、前示(一)の認定事実によれば、原告の洞性頻脈に対する措置としては、ベラパミルの投与以外の措置を取ることも十分可能であった上、本件全証拠によっても、本件手術中に生じた洞性頻脈の治療として、ベラパミルの投与が他の措置に優越していたことを認めるに足りる証拠がないことに照らすと、被告医師らの各供述は、いずれも採用することができず、他に、前示(二)の認定を左右するに足りる証拠はない。

(四) したがって、原告のその余の主張を検討するまでもなく、被告百瀬は、原告に対し、不法行為責任を負う。

2  被告皆瀬の責任原因

前示二の認定事実及び《証拠省略》によれば、被告皆瀬は、手術時間表又は麻酔記録上は、被告百瀬とともに本件手術の麻酔管理を担当することになっていたが、同時に、本件手術と同時刻に行われる合計七手術のスーパーバイザーでもあり、かつ、別の手術の麻酔管理も担当していたこと、本件手術の麻酔管理については、右のような事情から、専らスーパーバイザーとして、担当麻酔医である被告百瀬の相談に乗ったり、交代要員になったり、もしくは、緊急事態の発生時に援助協力を行ったりする立場にあったに過ぎず、本件循環不全の発生後になって初めて、被告百瀬の要請により、麻酔管理に直接関与したに過ぎないこと、右関与前においては、具体的な麻酔管理は、担当麻酔科医である被告百瀬の判断に委ねられていたため、専ら被告百瀬から麻酔管理上の問題の報告を受けていたに過ぎず、被告百瀬に具体的な投薬内容、方法等を指示したこともなかったこと、被告皆瀬は、被告百瀬から、主として末梢循環が良好でなく、また、循環血液量が不足している疑いがあると報告されていたに過ぎないこと、被告皆瀬が、本件手術後、本件手術の担当医師として、原告の両親らへの対応を行ったのは、本件手術当時、本件病院麻酔科の医局長であり、本件手術には、スーパーバイザーとして関与しており、しかも、本件循環不全発生後から麻酔管理に直接関与していたためであったことが認められる。

そうすると、本件手術における麻酔管理は、本件病院の体制上、専ら被告百瀬の判断に委ねられていたといわざるを得ないから、被告皆瀬が、本件手術における麻酔管理のスーパーバイザーとして、被告百瀬からの相談に正確な返答をすべき注意義務があるとするのは格別、被告百瀬による具体的医療行為、すなわち麻酔管理に関する投薬や心拍数及び血圧に対する監視等につき、管理又は監督する義務があると認めることはできず、また、本件手術当時、被告皆瀬が本件病院麻酔科の医局長であったこと自体から右のような義務があったと認めるに足りる証拠もない。

そして、被告皆瀬の本件手術への関与後において、被告皆瀬が、迅速かつ適切な原告に対する応急措置を行ったことは、前示二の認定事実に照らして明らかであり、他に、右応急措置に被告皆瀬の過失があったと認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の被告皆瀬の責任原因に関する主張は採用できないから、被告皆瀬の不法行為責任を認めることはできず、他に、これを認めるに足りる証拠はない。

3  被告国の責任原因

被告国が、原告との間で、本件医療契約を締結しており、本件手術当時、被告百瀬の使用者であったことは、いずれも当事者間に争いがなく、これに、被告百瀬が、被告国の履行補助者又は被用者として、本件手術において低血圧麻酔を実施し、その際、前示1のような過失によって、原告に本件障害を負わせたことを総合すれば、被告国は、原告に対し、本件医療契約上の債務不履行責任及び使用者責任を負う。

五  争点③(損害額)について

1  治療費 五〇万三六一〇円

《証拠省略》によれば、本件障害に対する治療費相当損害金は、五〇万三六一〇円であると認められる。

2  逸失利益 七七二九万五五八八円

前示二の認定事実及び《証拠省略》によれば、原告が、昭和四四年八月九日生まれであるところ、平成六年六月二五日の本件手術当時、二四歳であり、厚生年金病院の看護婦として稼働していたこと、原告の本件障害が、後遺障害等級表(以下「等級表」という。)の一級三号に該当すること、本件手術当時、原告は、年収四四三万六四一一円を得ていたことがそれぞれ認められることから、原告は、本件障害を負わなければ、二五歳から六七歳までの四二年間は、就労可能であり、右年収相当を得ることができたと推認される。

したがって、本件の逸失利益は、右年収を基礎とし、労働能力喪失率を一〇〇パーセントとして、ライプニッツ計算方式により中間利息を控除して、四二年間の逸失利益の、本件手術当時の原価を算定すると七七二九万五五八八円となる。

これに対して、被告らは、右金額より生活費控除として五〇パーセントを差し引くべきであると主張するが、原告が、本件病院での入院看護を受けることが予定されているとしても、病院から支給されていない身の回りの消耗品の購入費等、入院雑費の多くは右逸失利益から支出されることが見込まれることからすれば、生活費を控除するのは相当ではなく、被告の右主張は採用できない。

四四三万六四一一円×一〇〇パーセント×一七・四二三=七七二九万五五八八円

3  将来の介護料 〇円

争いのない事実及び《証拠省略》によれば、原告は、現在においても、本件障害により生命維持のための呼吸管理、栄養補給を始めとする医療従事者による医療的看護を必要としており、仮に本件障害から回復したとしても、重度の痴呆状態を呈する高度の蓋然性が認められるので、自宅介護を行うにしても専門職による介護を必要とすること、原告は、本件手術後から現在に至るまで、本件病院において、新基準体制(看護婦、看護士による完全看護)による入院看護を受けていること、被告国は、原告に対し、平成一一年六月一五日の本件和解期日及び同年一二月九日の本件第八回口頭弁論期日において、今後も本件病院における原告の入院看護を継続する旨表明していること、原告の母A野花子(以下「花子」という。)は、本件手術後現在に至るまで、本件病院に通院して、病院による介護では充分でない原告の身の回りの世話を現に行っていることが認められる。

そこで、右の事実を総合すれば、原告は、今後も、本件障害により、医療従事者による医療的介護が必要不可欠な状態にあるが、現時点においては、本件病院での入院看護が今後も継続する蓋然性が高いため、本件病院での看護婦又は看護士による完全看護を受け続けられる限り、さらに自宅介護を前提とした専門職の付添人が必要であるとは認められず、他に、これを認めるに足りる証拠もない。そして、原告の家族、特に花子による介護料も、右のような諸事情を考慮すると、医師の指示及び症状の程度から当然に必要とされるものではないから、本件の損害賠償の対象にはならず、しかも、これに対しては、本件病院から本件交付金を受領することにより、事実上填補されていることが認められる。

したがって、本件口頭弁論終結時において、原告主張の「将来の介護料」相当の損害が発生する蓋然性は認められず、また、これをあらかじめ請求する必要性も認められないから、原告の右主張は採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

なお、被告らは、原告が受領した平成六年八月二五日から平成一一年九月末日分までの本件交付金(総額一一六四万三七五〇円)を、本件請求との関係で損益相殺すべきと主張する。

しかし、《証拠省略》によれば、本件交付金は、宮城県及び仙台市が、治療研究を積極的に推進し、患者家族の経済的負担の軽減を図ることを目的とする本件研究事業の一環として、治療研究機関に交付しているものであること、本件病院の病院長は、本件研究事業の適用をそれぞれ申請し、宮城県及び仙台市の承認を得て、宮城県からは、本件研究事業の治療研究費として介護費、褥瘡予防費、受療助成費及び研究事業費の交付を、また、仙台市からは、介護費及び褥瘡予防費の交付をそれぞれ受けた上、宮城県からの交付金のうち介護費、褥瘡予防費は、介護料及び予防費として、仙台市からの交付金は、協力謝金及び予防費として、それぞれ原告に交付していること、本件病院は、宮城県特定疾患・遷延性意識障害者治療研究協議会会長である仙台市長に対し、本件交付金のうち宮城県からの交付金の使用方法を「御家族の方へ直接渡しています。」と報告していることが認められる。そして、これらの諸事情を総合すれば、本件交付金は、そもそも研究事業を推進し、併せて患者家族の経済的負担を軽減する目的で本件病院に交付された公的扶助であり、本件病院も、右目的に則って、いわば恩恵的に、原告に給付してきたものと解するのが相当であるから、本件損害に対する填補として交付されたものとは認められず、他に、これを認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件請求と右交付金とを損益相殺することは相当ではないから、被告の右主張は採用できない。

4  慰謝料 三〇〇〇万〇〇〇〇円

前示1のとおり、原告は、本件手術当時、二四歳であり、本件病院に入院するまで厚生年金病院の看護婦として勤務していたが、本件手術後現在に至っても、本件障害により、深昏睡状態で、全く意思疎通が困難な状態であり、右障害が等級表の一級に該当することに加え、《証拠省略》によれば、原告は、本件手術後、体調が安定した時点で、B山一郎と結婚する予定であったこと、原告の母花子は、本件手術後現在に至るまで、毎日本件病院に通い、看護婦らでは手が回らない原告の細かな身の回りの世話を行っており、原告の父や妹も、月一回程度見舞いに行っていることが認められ、これらの事情に照らすと、原告及びその家族が本件医療事故により多大な精神的苦痛を受けたことは明らかであるから、これに対する慰謝料は、原告請求のとおり、三〇〇〇万円とするのが相当である。

5  弁護士費用 一〇七八万〇〇〇〇円

弁護士費用は、右1ないし4の総額が一億〇七七九万九一九八円であるから、その約一割に当たる一〇七八万円が相当である。

六  結語

よって、原告の本訴請求は、被告国及び被告百瀬に対して、各自一億一八五七万九一九八円及びうち弁護士費用を除いた一億〇七七九万九一九八円に対する本件医療事故の発生日である平成六年五月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、原告のその余の請求はいずれも理由がないから棄却し、仮執行免脱の申立ては、その必要がないから却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本健 裁判官 林史高 裁判長裁判官梅津和宏は転補につき署名押印できない 裁判官 橋本健)

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